大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和23年(モ)102号 判決 1948年6月18日

東京都西多摩郡三田村二俣尾

債権者

井田代助

右代理人弁護士

東京都西多摩郡三田村

債務者

三田村農地委員会

右代表者委員会長

福田庶

債務者東京都知事

安井誠一郞

右指定代理人

谷育三

增田政春

和泉〓

右債務者兩名代理人弁護士

右当事者間の昭和二十三年(モ)第一〇二号同年(モ)第三三一号仮処分異議事件につき昭和二十三年五月二十一日終結した口頭弁論に基き次の通り判決する。

主文

当裁判所が債権者債務者両名間の昭和二十年二(ヨ)第一、七七四号農地仮処分事件につき昭和二十二年十二月二十六日爲した仮処分決定はこれを認可する。

訴訟費用は債務者両名の負担とする。

事実

債権者代理人は主文同旨の判決を求め、その理由として債務者三田村農地委員会は昭和二十二年十月十日別紙物件目録記載の農地に対し木崎秀助をその所有者として自作農創設特別措置法第三條第六條に基く買收計画を決定公告した。然しながら右農地はもと債権者の所有であつたところ、昭和九年中に債権者か実弟木崎秀助から金八千円の金融を受けた際他の不動産と共にその担保として將來債務弁済の折受戻す約束で同人に賣渡したが昭和十八年七月十六日金八千三百円を以て債務弁済並に担保物受戻の話合が成立し同日右債務の内金五千二百六十円を弁済すると共に担保不動産の所有権を回復してその引渡を受け、殘金は同年十月十二日支拂を了したものである。而して昭和十八年度分以降の小作料を自ら徴收し、又右農地の各小作人と交渉の結果、昭和二十年十月十日頃までに現在井田幸太郞外数名に耕作せしめている三田一畝八歩を除く全部の返還を受け、現に三反余を自ら耕作中である。のみならずその頃より村内井田幸太郞方に同居し、右返地を受けた部分につき逐次耕作に着手しつつ、村内二俣尾に住宅を新築し、昭和二十年四、五月頃落成と共にこれに居住し、引続き農耕に從事している。從つて政府は自作農創設特別措置法により、債権者所有の前記農地を買收すべき何等の理由がないに拘らず、債務者三田村農地委員会は右事実を無視し、木崎秀助を右農地の所有者であり、且つ、不在地主であるとして、前記買收計画を決定公告すると共に、同人に対しその旨の通知を爲したのである。そこで債権者は昭和二十二年十月十八日附書面を以て債務者三田村農地委員会に右農地買收計画に対する異議の申立を爲したところ

右委員会委員中には債権者の小作人で本件農地を買收せらるるや否につき將來該農地の讓受資格者として重大な利害関係を有する前記井田幸太郞がおり当初から有力な発言を爲して殆んど委員会の与論を指導しており、且つ、又右訴願審議の爲同年十一月四日招集せられた委員会においては東京都農地委員会訴願特別委員長と称する羽村某が出席して異議申立に反対する有力な発言を爲した結果遂に右申立は却下せられた。

然るにその後同年十一月十四日に至り、債務者三田村農地委員会は、債権者が前記の如く木崎秀助から所有権を回復取得した土地の内、三田村二俣尾瀧振畑四百六十二番宅地三百八十八坪の一部九畝二十八歩は、地目な宅地であるが現況が農地であるという理由で、この部分を分筆し同番の二として前同樣これに対する買收計画を決定公告したので、債権者は同月二十四日前同樣異議の申立を爲したところ、右異議審議の爲同年十二月十二日及び十三日両日にわたり開催せられた委員会において、審議採決の結果、棄権一を除き七対一の票数で木崎秀助より債権者に対する所有権の移転を認め右買收計画を取消す旨の決定が爲された。右土地は所有権移転の関係については本件土地と何等の差異がないのであるから、本件土地に対する買收計画の違法であることは愈明らかとなつた訳である。而して債権者は更に債務者三田村農地委員会を被告として本件土地について東京地方裁判所に農地買收計画取消請求の訴(同裁判所昭和二十二年(エ)第四一号事件)提起したが、右本案判決確定前に、債務者等により本件土地の買收手続を進行せられるときは、債権者の権利はこれを回復するに甚だ困難となるので、「右本案判決確定に至るまで、債務者東京都知事は本件土地に対し、自作農創設特別措置法第九條の規定による買收令書を交付すベからず、債務者三田村農地委員は同土地につき曩に立てる買收計画に基く手続を進行するべからず」との仮処分命令の申請を爲したところ、昭和二十二年十二月二十六日その旨の仮処分決定を得たのであるが、右決定は正当であるからその認可を求めると述べ、債務者等の抗弁に対し、本件土地の登記簿上の所有名義人が木崎秀助であることは認めるが、自作農創設特別措置法による農地の買收は、國家権力の発動による行政処分であつて民法第百七十七條の規定する限りではない。又前記本案訴訟につき原告(債権者)敗訴の判決があつたことは認めるが、右に対しては債権者において到底その理由に承服し難いので控訴を申立て、目下第二審に係属中で未確定であるから、本件仮処分の必要は失われないと答え、疎明として甲第一乃至第七号証第八二九号証の各一、二第十、第十一号証第十二乃至第十四号証各一、二、第十五第十六号証第十七号証の一、二、を提出し、債権者本人の尋問を求め、乙号各証の成立を認めた債務者等代理人は主文第一項記載の仮処分決定はこれを取消す債権者の本件仮処分命令の申請はこれを却下する旨の判決を求め、答弁として、債権者主張の事実中、債務者三田村農地委員会が債権者主張のような買收計画を決定し、公告したこと。右計画決定に対し債権者から異議の申立があり、同委員会はこれを理由がないものとして却下したこと。

本件農地の小作人の一人である井田幸太郞が右委員会の委員の一人であること、羽村某が債権者主張の委員会に出席したこと債権者主張の地目宅地現況畑の土地につき、債務者三田村農地委員会が買收計画を決定公告し、其の後之が異議の申立に基き右土地につき木崎秀助より債権者に対する所有権の移転を認める趣旨の決定をしたこと(尤もこれは錯誤に基くものである)及び債権者から本件農地買收計画取消の訴が提起せられたことはいづれもこれを認めるが、その余の事実を爭う。仮に債権者が木崎秀助より本件農地の所有権を取得したとして、その登記簿によれば木崎秀助がその所有名義人であるから、民法第百七十七條により、登記名義のない債権者は、第三者たる債務者等にその所有権取得を対抗し得ない。のみならず債権者は東京都新宿区内に住所を有し、三田村地内には住所を有しない所謂不在地主であるから、その所有農地は当然政府に買收せらるべく、本件買收計画の違法を主張する利益はない。又自作農創設特別措置法第四十七條の二には、同法による行政廳の処分で違法なものの取消又は変更を求める訴の提起は、該処分の執行を停止しない旨が規定せられているが、本件仮処分命令において、農地買收手続の進行を禁止したのは、右規定の趣旨に反するものである。次に債務者三田村農地委員会の抗弁として同債務者に対する本件仮処分事件の本案訴訟である。東京地方裁判所昭和二十三年(エ)第四一号事件は同裁判所民事第二部において昭和二十三年三月十一日、原告(債権者)の本件仮処分申請の理由と同旨の主張について、その理由を認められないとして、原告の請求を棄却する旨の判決言渡があつたが、右の事実は本件仮処分決定の爲された事情に変更があつたものとして、仮処分取消の原因となることは明らかである。債務者東京都知事の抗弁として、債権者より同債務者に対する本件仮処分事件の本案訴訟は、昭和二十三年三月二十五日、東京地方裁判所に、買收農地非該当確認請求事件(同裁判所同年(行)第二十五号事件)として提起せられたが、昭和二十二年法律第二百四十一号自作農創設特別措置法の一部を改正する法律附則第七條同法第四十七條の二第一項の規定によれば、かかる訴は遅くも昭和二十三年三月二十六日までに提起せらるべきであるから、右本案訴訟は不適法として当然棄却せらるべく、從つて本件仮処分の必要を見ないと述べ、疎明として乙第一号証の一、二第二乃至第四号証を提出し、証人井田幸太郞の尋問を求め、甲第三号証第八号証の一、二第十第十一号証第十二号証の一、二第十四号証の一、二第十五第十六号証の成立は認めるが、その余の甲号各証の成立は不知であると述べた。

理由

債務者三田村農地委員会が昭和二十二年十月十日登記簿上木崎秀助の所有名義となつている東京都西多摩郡三田村所在の本件土地につき自作農創設特別措置法第三條第六條に基き、買收計画を決定公告したことは当事者間に爭がない。而して債権者は右農地の所有権が自己にあることを主張し、債務者等はこれを爭うので、先ずこの点について考えてみる。債権者本人尋問の結果により眞正に成立したものと認め得る甲第一、第二第七号証第十三第十七号証の各一、二、証人井田幸太郞の証言(但し、後記認定に反する部分を除く)債権者本人の供述を綜合すると、本件土地はもと債権者家先祖伝來の自作農地であつたが、債権者は昭和九年中債権者の実弟で母方実家を相続した木崎秀助より二口に合計金八千円を借受け同人に対し、他の所有不動産と共に担保の趣旨でその所有権を譲渡し、その後昭和十八年七月十六日日本勸業銀行より金八千円の融通を受け同日と同年十月十二日元金の外金利貨幣價値下落のための補償謝礼等を含め合計金一万五百円(但し、形式上は八千五百円とす)の支拂を了してその所有権を回復し之が土地所有権移転登記手続に要する一切の書類の交付を受け他の不動産については所有権移転の登記を済ませたが、本件土地については債権者が所轄登記所に赴いたが知合の司法書士不在で其の手続が済まず戰時下漸く交通不便となつたのと賣主木崎が自己の実弟であるので、他に二重賣買する惧もなかつたので手続を遷延せしめていて遂に今日に至つたことが一應認められる。而して債務者等は登記名義のない債権者は右農地の所有権取得を以て第三者たる債務者等に対抗し得ない旨主張するのであるが、元來自作農創設特別措置法は今次大戰の終結に伴ひ、我が國農地制度の急速なる民主化を図り、耕作者の地位の安定、農業生産力の発展等を期して制定せられ、政府はこの目的逹成の爲同法に基いて公権力を以て所謂不在地主や大地主等の所有農地を買收し、これを耕作者に賣渡す権限を与えられているのである。即ち政府の本法に基く農地の買收は、一般私法上の賣買取引関係とはその性質を異にするものであつて、私法的な物権変動について、その第三者えの対抗要件を規定する民法第百七十七條に所謂「第三者」中にはかかる関係に立つ政府を包含しないものと解するのが相当であり此のことは農地調査規則が農地委員会に対し土地台帳に登録した農地所有者と実際の所有者と異るときは此の両者を調査し、且つ、其の異る理由まで調査すべきことを命じたことからも之を窺うことが出來る。又昭和十九年三月二十五日前既に農地の所有権の引渡を受けた本件の如き所謂移動統制に関する規定の適用なきことは勿論である。從つてこの点に関する債務者等の抗弁は採用できない。

進んで次に債権者が自作農創設特別措置法に規定せられる所謂不在地主であるか否かの爭点について考えてみよう。証人井田幸太郞の証言(一部)と債権者本人尋問の結果を綜合すると債権者は二十数年前に郷里を離れて出京したが、その後前記のように本件農地を担保の趣旨で木崎秀助に賣渡し、更にこれを回復するまでの間、自ら又は木崎秀助の代理人として本件土地の小作人に対し小作料を徴收する等或程度本件土地との交渉を失わなかつたこと、当時債権者は東京都淀橋区(現在新宿区)内に居住し、内縁の妻大野みつに飮食店を経営せしめていたが、昭和十九年春頃右店舗が強制疎開となつたので家族家財を挙げて歸村し、村内井田幸太郞方に一時同居し、旁ら当時取毀したままになつていた村内二俣尾の旧居住地跡に住宅を新築すべく準備を進め、翌二十年四、五月頃までには建築落成して一家これに居住するに至つたこと、その頃都会地への転入が抑制せられていたので、後日を慮り債権者のみ殊更に所謂移動申告を爲さず前居住地の知人に依賴し、生活必需品の配給を同地において受けていたが、その配給品は殆ど同人に消費せしめ債権者自らはこれを必要としなかつたこと、木崎秀助から所有権を回復取得した農地についてはかねて各小作人に返還を求めていたが、昭和十九年秋頃から逐次これら返還を受けた農地を耕作し、昭和二十年秋よりは右返還を受けた農地を含め約四反を耕作するに至つたこと、昭和二十一年春娘喜代子に婿養子井田力を迎へたので本件農地の耕作並びに管理は右力に委ね、その頃より再び大野みつを東京都區内に居住せしめて、債権者自身は両地を往復しつつ、娘夫婦の農事の指導監督を爲し、少くとも農繁期約半年間は農耕植林等に從事していること、昭和二十一年度は井田みつ名義で、その後は井田力名義で主要食糧の供出を続けていること、昭和二十三年度一月以降は債権者自身も村内において生活必需品の配給を受けるに至つたこと等をうかがうことができる。以上の事実は、結局債権者が遅くも昭和二十年四、五月頃には村内に生活の本拠を構へ、居住の実態を備えるに至り、引続き自家耕作に從事していることを一應認めしむるに十分であつて、証人井田幸太郞の債権者は不在地主である旨の供述部分は信用しない。又債権者の所謂世帶登録が前示認定の趣旨で東京都新宿区内に爲されたものである限り、乙第四号証(東京都新宿区長の居住証明書)を以て直に債権者の住所を認定するの資料となし難く他にこの認定を覆すに足りる疎明はない。即ち自作農創設特別措置が、農地買收計画決定の爲の規準日時として定めた昭和二十年十一月二十三日当時においては、債権者は既に村内に住所を有し所謂在村地主と認められる状況に在つたものと考えられる。又債務者等は本件仮処分は自作農創設特別措置法第四十七條の二の規定の趣旨に反すると主張するけれども、同條項は、同法による行政廳の処分を違法であるとしてその取消又は變更を求める訴の提起は、それのみでは直に該処分の執行を停止するものでないとのことを規定したに止り、当事者が裁判上の手続によりその権利の保護を求めるにあたり、裁判所が当事者の権利保全のため、仮処分手続によつて行政廳の処分の執行を一時停止すること迄も之を排除する趣旨とは解し難いから、右抗弁は理由がない。次に債務者三田村農地委員会の抗弁について考えてみると、同債務者に対する本案訴訟たる、東京地方裁判所昭和二十二年(エ)第四一號農地買收計画取消事件は、同裁判所民事第二部において、昭和二十三年三月十一日、その理由がないものとして、原告の請求を棄却する旨の判決言渡があつたこと、及び債権者が控訴の申立を爲したことは、いづれも当裁判所において明白であり同判決が原告(本件債権者)の請求を棄却した理由は結局本件債権者において登記の欠缺に因り本件土地の所有権取得を本件債務者等に対抗し得ない点にあること成立に爭ない乙第三号証に依り明らかであるから裁判所としては、上記認定判断した理由により、右判決の理由を認めることができないのみならず、債権者の控訴申立により、未だ判定確定に至らないことも右の如くであるから、この判決言渡があつた一事を以て、本件仮処分の取消さるべき事情の変更があつたものとは認め難い。更に債務者東京都知事の抗弁について判断する。そもそも爭のある権利関係に付仮の地位を定める仮処分の場合には本案訴訟の被告又は被告たるべきものでない第三者に対しても之を債務者として仮処分命令を発し得べきものであつて、本件の債務者東京都知事の如きは、正に此の場合に該当するから、債権者が右債務者に対し提起した買收農地非該当確認請求事件なるものが仮に出訴期間を経過した不適法のものとしても、同債務者に対する本件仮処分の効力に何等の影響も及ぼすものではないから同債務者の右抗弁も結局排斥を免れない。而して仮処分の必要に付ては疎明に代えるに相当の保証を以てしているから債権者の本件仮処分請求は正当なものであり当裁判所がさきに爲した決定を認可すべきものと認め、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條、第九十三條を適用して主文の通り判決する。

(目録省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例